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ボス・・・書く・・・徒然

福原勘二(カンドウコーポレーション代表)のコラム

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焚き火は、ずっと見ていられる

焚き火が好きです。
だからといって、キャンプに行けば必ず火を焚くわけではありません。
風が強ければ安全を最優先して諦めますし、夏の盛りのように暑い季節はそもそもその気になりません。
けれど、少しずつ空気が澄んで肌寒さを感じる季節になってくると、やっぱり無性に火を焚きたくなります。

薪を組み、ゆっくりと火をつける。
最初は小さかった炎が、少しずつ薪へと燃え移り、勢いを増して大きくなっていく。
パチッと心地よい音を立てて薪が爆ぜる。
火の通り具合を見ながら、薪の位置を少しだけずらす。
そして、またじっと炎を眺める。
やる作業といえば、本当にそれだけです。

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テレビのようにドラマチックな物語が始まるわけでもありません。スマートフォンの画面のように、次から次へと刺激的な情報が流れてくるわけでもない。ただそこに、木が燃えているという事実があるだけです。
それなのに、どうしてこんなにもずっと見ていられるのでしょうか。

一人でキャンプに出かけ、一人で焚き火を見つめることがあります。
そんな夜の焚き火はどこまでも静かです。
椅子に深々と腰かけ、ただゆらめく火を眺める。
別に何か深いテーマを考えようとしているわけではありません。
むしろ、日常のあれこれや雑念を一度手放し、「何も考えない状態」になるために火を眺めている気さえします。

けれど不思議なもので、そんな無心になろうとしている時に限って、頭の中にいろんな思いがふっと浮かんできます。
抱えている仕事のこと、家族のこと、昔の懐かしい記憶、これから新しく挑戦してみたいこと。
さっきまで全く別々に存在していた思考と記憶が、突然一本の線で繋がる瞬間があったりします。

オフィスの机に向かい、「よし、アイデアを出そう」と肩肘を張って構えている時には逆立ちしても出てこなかった発想が、焚き火を眺めていると自然と舞い降りてくる。
せっかく「命の洗濯」に来ているのに、結局また仕事のことに思考が巡っている自分に思わず苦笑いしてしまいます。(笑)

けれど、それは会社で焦りながら仕事をしている時とは、根本的に質が違います。
強引に答えを出そうともしないし、明確な結論も求めない。
ただ、静かに燃える火を見つめながら、頭の中に浮かかんできたものをそのまま漂わせている。
私にとってそれは、何にも代えがたい豊かな時間なのです。

一方で、気の置けない仲間たちと焚き火を囲む夜もあります。
ソロの時とは打って変わって、その空気感はまったく異なるものになります。
他愛もない冗談を言って笑い転げたり、昔話に花を咲かせたり、誰かの失敗談で盛り上がったり。
翌朝になれば何について話していたのかすら思い出せないような、とりとめもない会話ばかりです。

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そこには議論すべきテーマもなければ、当然アジェンダなんて存在しません。(笑)
誰かが話している途中で全く別の話題が割り込み、そこからさらに予想もしない方向へと話が飛んでいく。
それでも最高に楽しい。
むしろ、その脱線こそが良いのです。
面白いのは、誰も互いの顔をまじまじと見つめ合って話しているわけではない点です。
みんな同じ中央の炎を見つめている。

焚き火を囲み、それぞれが温かな火を見つめながら、ぽつりぽつりと言葉を交わす。
会話が途切れ、静寂が訪れる時間があっても、不思議と気まずさや居心地の悪さは微塵も感じません。
しばらく全員が無言で火を見つめた後、誰かがふと思い出したように言葉をこぼす。
そこからまた、新しい会話の波が穏やかに始まっていく。
焚き火には、人と人との距離を自然とほどいていく不思議な力があります。

効率を求められる現代の仕事環境において、「何も生産していない時間」をつくることは本当に難しくなりました。
次々とメールやメッセージが届き、スマホを開けば際限なく情報が飛び込んでくる。
分からないことがあればすぐに検索し、今やAIに問いかければかなりの精度の答えが瞬時に返ってくる時代です。
ほんっと便利になりましたし、私自身もその利便性を毎日のように仕事で活かしています。

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けれどその反面、「何の情報も入ってこない、何も出力しない時間」が、私たちの日常から著しく減ってしまったと感じるのです。

何かを調べているわけでもない。
誰かからの情報を受け取っているわけでもない。
何か成果物を生み出そうとしているわけでもない。
焚き火の炎を見つめている時間なんて、ビジネスの「効率」という物差しで測ってしまえば、ほとんど価値のない無駄な時間に映るかもしれません。
けれど、それは本当に「無駄な時間」なのでしょうか。

この感覚は、以前「Face to Face(対面)」の価値について考えた時にも強く感じたことです。

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私は仕事の上で、人と直接会って話すプロセスを何より大切にしています。
もちろん、打ち合わせには本題があります。
今日はいったい何について協議し、何を決定するのか。プロとしてそれを遂行することは前提です。

けれど、私が本当に面白いと感じ価値が眠っていると思うのは、実はその「本題の前後」にある時間だったりします。
「ところで社長、最近調子はどうですか?」という一言から始まった脱線話。
一通りの取材がすべて終わり、機材を片付け終えた後に出てきた何気ない雑談。

「じゃあこれで失礼します」と立ち上がった後、社長が思い出したようにぽつりと話してくれた昔苦労した思い出。
本題から大きく外れているため、時間効率だけを優先するならカットされてしまう時間です。
けれど、そうした一見無駄に見える雑談の端々にこそ、「それ、すごく面白いですね!」と膝を打つようなその会社独自の魅力が隠れていたりするのです。
そして、その何気ない会話の中に眠っていた原石こそが、Webサイトの貫くべきコンセプトになったり、他社には絶対に真似できない「本当の強み」を掘り起こすきっかけになったりします。

この35年間、私はそんな奇跡のような場面に何度も、何度も立ち会ってきました。

考えてみれば、焚き火を囲む時間にアジェンダがないのと同じです。
開始時間はなんとなくあっても、終わりの時間すら曖昧。
明確な結論を出すわけでもなければ、議事録を残すわけでもない。
誰かが重要な意思決定を下すわけでもありません。

一般的なビジネスの場面であれば、「で、今日のミーティングで何が決まったんですか?」と詰問されてしまいそうです。(笑)
けれど、人と人との本当の信頼関係というものは、決まった決定事項の数だけで築かれるものではないと思うのです。

あの時、一緒にくだらないことで腹を抱えて笑い合ったこと。
あそこであえて結論を出さず、取り留めのない雑談を交わしたこと。
ふとした拍子に、誰かがポツリと漏らした本音の言葉。
そうした「余白の時間」の中で交わされた温度のある体験が少しずつ積み重なり、人と人との心の距離を本物として縮めていく。

そして仕事においても、そうやってお互いの距離がぐっと縮まったからこそ、初めて聞かせていただける「深みのある本音の物語」が存在します。
私はそのストーリーが聞きたい。だからこそ、雑談という時間を愛してやまないのだと思います。

一人静かに眺める焚き火と、仲間たちと賑やかに囲む焚き火。
過ごし方は対極的ですが、どちらも私にとってかけがえのない時間です。
一人で火に向き合う時は、自分の頭の中に贅沢な「余白」が生まれる。仲間と火を囲む時は、人と人との間に温かな「余白」が生まれる。
けれど、そのどちらにも共通しているのは、「何か成果を出そうとしすぎない時間」であるということです。

すぐに数字や成果を出そうと焦らない。
無理にわかりやすい答えを見つけようとしない。
綺麗に話をまとめようともしない。
ただ、揺らぐ炎をぼんやりと眺める。
一人なら、思いがけないアイデアが勝手に湧き上がってくる。
仲間となら、温かな対話が自然と動き出す。

振り返ってみれば、私が35年の仕事の中でプロとして大切にしてきたコアな部分は、案外すべてそんな「余白」の中から芽生えてきたものばかりのような気がします。

焚き火は、本当にずっと見ていられます。
薪が静かに燃え尽き、最後はあたたかな熾火(おきび)へと姿を変えていく。
さっきまで勢いよく立ち上っていた炎も、だんだんと小さくなっていく。

「もう一本、新しい薪を投入しようか」
「いや、今夜はこの余韻のまま終わりにしようか」

そんな取り止めのないことを思案しながら、また揺らぐ火を見つめる。
何も生産していません。けれど、この「何もしていない無駄のような時間」が、私はたまらなく愛おしいのです。

あらゆる便利なツールが増え、何事もスピードと効率が求められる時代になったからこそ、こうした「一見無駄に見える余白の時間」を意識的に持つことが、これまで以上に大切になってくるのではないでしょうか。

もちろん、仕事の成果を出すために焚き火をしているわけではありません。
新しいアイデアをひねり出すためにキャンプ場へ通っているわけでもない。
ただ純粋に、日常から離れて「命の洗濯」をしに行っているだけです。
それなのに、ゆらゆら揺れる炎を眺めていると、いつの間にかまた仕事の楽しさに思いを馳せている。

まあ、そんな矛盾した時間も含めて、私にとっての「最高の何もしない時間」なのだと思っています。

FAQ
「なぜカンドウコーポレーションは取材を重視するのですか?」
「なぜカンドウコーポレーションは「言語化」を重視するのですか?」
「AIは会社の「強み」をどう判断しますか?」

「一泊二日のために、そこまでやる?」
「新品のキャンプギアが、ちょっと恥ずかしい」
「不便を楽しむために、便利なギアを買っている」
「キャンプ場に着いてから、考えることもある」
「テントは一つあれば足りるのに、私は何張りも持っている」

EDITOR 福原 勘二 代表取締役会長兼CEO
(最高経営責任者)
エグゼクティブ・ビジネスデザイナー 兼ストラテジックパートナー

1961年生まれ。広島県広島市出身。広島修道大学中退後、リクルート、カーディーラーの採用・教育担当を経て、企業内の体質改善・採用・教育コンサルタント会社として、1991年2月有限会社オフィスCAN(現 株式会社カンドウコーポレーション)を設立。その後思い切った業態転換により、クリエイティブファームとしてのポジションを確立する。

福原 勘二のプロフィール
082-509-3322 9:30 - 18:30

まず、「誰が嬉しいのか?」を
一緒に考えることから始めます。

表面的な症状ではなく、その奥にある構造から一緒に考えます。
Web・デザイン・言語化・伴走。手段はその後についてきます。

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