「人を大切にする会社」という言葉が、1本の温かい牛乳に負ける理由
採用サイトの原稿を読んでいると、「アットホームな職場です」「おもてなしの心を大切にしています」という言葉によく出会います。
文字で書くのは、実に簡単です。 わずか数秒、キーボードを叩けば画面に並びます。
でも、私はいつも思ってしまうのです。 その「おもてなし」の正体は、一体どこにあるのだろう、と。
手前味噌になりますが、カンドウコーポレーションのお客様対応は、創業以来ちょっとしつこいくらいに徹底しています。先日のコラム「求職者は「社長のブログ」と「社員の死んだ目」のズレを見抜く」 にも書いた通りです。
オフィスにお客様がお見えになったとき、珈琲がお好きな方には、当然のように豆から挽いた珈琲をお出しします。
その珈琲も、そこらのスーパーで買ってきた豆ではありません。
バリスタの大会で優勝しているプロが焙煎した、吟味に吟味を重ねた珈琲豆です。
それをお客様が来られた瞬間に、メンバーが仕事の手を止めてくれて、挽きたての状態でハンドドリップして淹れるのです。
さらに、ミルクを入れられるお客様のためには、冷蔵庫から出した冷たいフレッシュではなく、わざわざ牛乳を丁寧に温めてお出しする。
ブラック派なのか、ミルクが必要なのか、砂糖を入れるのか、あるいは珈琲ではなく紅茶がお好みなのか。
一度お聞きしたデータは、すべてインプットしています。
ですから次回お越しいただいた時には、何も言わずとも、その方にとっての「最高の一杯」が目の前にスッと差し出されるわけです。
実を言うと、以前私が日本茶にハマっていた時期は、さらに大変でした。
煎茶に玉露をブレンドした「カンドウスペシャル」なるお茶を特注で作ってもらい、それを最高に美味しい状態でお出ししたいがために、日本茶インストラクターをわざわざ松江からお呼びして、淹れ方のレクチャーまでしてもらったのです。
下世話な話ですが、当時100gあたり2,000円弱くらいしていたハズです。(/o\)
湯冷ましをして、ちょうどいい温度でお茶っ葉にお湯を注いで、ちゃんと蒸らして・・・。
「一体、何屋さん?」というくらい、凝りまくっていましたね。(笑)
今でも、そのおもてなしの流れは脈々と生きているわけです。
お客様がいらっしゃるとき、そしてお帰りになる時、全員がパッと立ち上がってお出迎えとお見送りをする。
カンドウコーポレーションにとっては、これもごく当たり前の日常の景色です。
過去には、まだお客様の姿が見えているにも関わらず、後ろを振り返ってお尻をお客様に向けたメンバーを、烈火の如く叱り飛ばしたこともありましたっけ。(笑)
それくらい、おもてなしをするいうことに命を賭けていたのです。(爆)
なぜ、ここまでやるのか。
実は、私には忘れられない原体験があります。
起業当時、泥臭く這いつくばるようにして、ようやくアポを取って訪問した会社がありました。
アポ取りの電話を100本掛けて、やっとの思いでこぎつけた、執念のアポです。
リクルート時代から超苦手だったアポ取り電話を、です。
しかし、社長室に通されるなり、冷たく言い放たれたのです。 「悪いけど、5分しか時間ないから」と。
「資料だけそこに置いといて」と、5分どころか、わずか数10秒で追い返されたこともありました。
あの時の悔しさ、自分の無力さは、35年経った今でも鮮明に脳裏に焼き付いています。
そんな時代を経て、今ではありがたいことに、クライアントの側から「カンドウさん、次の新しい仕事の相談なんだけど」と、わざわざ弊社のオフィスまで足を運んでくださる。
これが、どれほど奇跡的で、どれほどありがたいことか。
あの「5分の洗礼」「数10秒の屈辱」を骨の髄まで味わった私だからこそ、わざわざ来てくださるお客様への感謝の桁が、どうしても違ってしまうのです。
この話は、入社したての新メンバーにも必ず伝えています。
そしてこの対応は、クライアントだけに限りません。
一緒に汗を流してくれるパートナー(私たちは敬意を込めて「ブレーンさん」とお呼びしています)に対しても、全く同じおもてなしをします。
もちろん、面接にやってくる求職者の若者に対しても、1ミリも変えません。 ですから、面接に来た彼らは、大体がびっくりして帰っていかれます(笑)。
求人媒体やホームページに「うちは人を大切にする会社です」と100回書き連ねるよりも、面接に来た目の前の若者に、全員で立ち上がって挨拶をし、「あなたのための温かい一杯」を差し出す。
そのほうが、会社のカルチャーは1秒で伝わります。
採用サイトは、綺麗ごとの言葉を並べる場所ではありません。 日頃の泥臭い「事実」が、そのまま溢れ出てしまう場所なのです。
言葉のおもてなしは、1本の温かい牛乳に、絶対に勝てません。 求職者が信じるのは、いつだって、目の前にある「本物の事実」だけなのです。
1961年生まれ。広島県広島市出身。広島修道大学中退後、リクルート、カーディーラーの採用・教育担当を経て、企業内の体質改善・採用・教育コンサルタント会社として、1991年2月有限会社オフィスCAN(現 株式会社カンドウコーポレーション)を設立。その後思い切った業態転換により、クリエイティブファームとしてのポジションを確立する。
福原 勘二のプロフィール