独立記念日~独立して14年~
「強い会社になる」というタイトルでコラムを書きましたが、その時にコメントいただいたのが「どういった経緯で独立したのか」というご質問でした。14回目の独立記念日を迎え、今日はその辺りをお話させていただきます。
大学を中退して入社したのがリクルートでした。リクルートはボクにとって社会人としての厳しさを教えてくれた大学のような存在であり、営業を始めとする仕事の基本を叩き込んでくれた会社でもあります。
※リクルートは「リクルート大学」と呼ばれるくらい、起業家を輩出している企業です。
その当時の担当の一つだったのが、日産系のカーディーラーでした。常務から気に入られ、何度も「ウチに来ないか」と誘っていただいていましたが、実はリクルートには今でも師匠と仰ぐ上司が居まして、その人の元をまだ離れる時期じゃないと断り続けていました。
「中途採用事業課」というその当時「就職情報」と言われる雑誌の営業をしており、採用のプロフェッショナルとして企業にご提案をしていましたが、採用をする側に立ったことがない自分の限界を感じていまして、それで結局「一旦離れる」という簡単な気持ちで転職を決めました。
日産系ディーラーでは「採用担当」として新卒、中途採用の現場を経験しました。
その当時は超売り手市場で、大卒の2人に1人は大手企業に内定をもらえるという時代です。カーディーラーは「ノルマがキツイ」「残業が多い」「休日出勤が多い」といった不人気業種の代表格で、採用には苦労していました。
ただボクが入社して退社するまでの5年間、「なんであそこのディーラーだけ10人単位で学生が採れるの?」と言われ続けるくらい、採用は上手くいっていましたね。
当然、とんとん拍子で出世もしていましたし、上司は一応いましたけど、その上司を飛び越え社長直轄として動けていました。イヤなヤツ~っ。(^^;
何故採用が上手くいってたのかは簡単なことです。
他の採用担当が会社を売る(採用担当はそれが仕事です)のに対して、ボクは「福原勘二」を売っていたのです。「こんなヤツを採用や教育(入社してすぐ教育担当もしていました)の担当に据えてる会社」というのが売りでしたから。
派手なスーツを着て、髪は茶髪。その当時流行ったバービーボーイズのコンタのような髪型で、学生も最初は戸惑うほど。そいつが熱く「オレと一緒に仕事をしようぜ」と語るワケですから、学生もかなり興味を持ってくれました。(^^)
それと新入社員研修も自らが中心となって担当し、そういう入社したての若手社員ともどんどん引き合わせました。「どんな会社か?」を語るのに、若手の生の声が一番ですしね。そして若手と喋らせる時は、「ボクが居たら本音で喋りにくいだろうから、退席しとくね」と若手社員と学生にその場を任せます。
こういう今までだったらタブー(本音を言われるとヤバイと思われていました)とされていることをどんどんやっていきました。「嘘を言って、いいことだけ言って、それで入社されて『福原さんに騙された』と言われるのが一番イヤだ」と言い続けいました。
「仕事だから楽な仕事なんてない」「ノルマは営業職にはつきものだけど、ノルマと取るか目標と取るかの違い」・・・と当たり前のことを言い続けていただけなんですけどね。
日産自動車から「広島で凄い採用を成功させている会社がある」と視察に来られて、全国の日産系カーディーラーの採用担当者研修会で講師を依頼されるなど、全国でも有名人になっていました。
前置きが長くなりましたけど、それでその当時担当してた就職情報誌の営業マンに、「福原さんのノウハウは高く売れますよ」「独立して採用と教育のコンサルティングで食べれます」・・・という言葉にそそのかされて独立を意識し始めたワケです。
もう一つの理由は、会社が生温かったのがありました。「このままいくと部長くらいにはすぐでもなれるだろうな」とか、「でも部長になったところで、部長は部長じゃん」とか考えていましたので、その二つで独立を決意。
サラリーマンをやりながら今のカンドウの前身「有限会社オフィスCAN」をワンルームのマンションでスタートさせることになります。
まさかここまでどっぷりとハマッてしまうなんて思ってもみませんでした。「ダメだったら引き返したらいい」と本気で思っていましたからね。(^^;
社長直々に退職願を持っていきましが、そう簡単には許されるハズもなく、2月に会社を興して、半年以上かかって独立したのが91年の10月1日でした。
設立記念日は91年2月15日ですから、記念日が二つあることになります。
こうして「採用・教育コンサルタント」として、順風満帆なスタートを切ることになりました。
サラリーマン時代、名前が売れているのをいいことにちゃっかり営業活動をし、独立しても遊んで暮らせるくらいの売上は確保していました。ママゴトのようなスタートですし、思い出したくもない甘ちゃん起業家でした。(^^;
うわ~、コレってむっちゃ長くなりますね。
起業の経緯という点はここまでです。
今度は起業してからの悪戦苦闘振りでも書きたいと思います。
EDITOR
- 代表取締役会長兼CEO(最高経営責任者)
- エグゼクティブ・ビジネスデザイナー
- 兼ストラテジックパートナー
1961年生まれ。広島県広島市出身。広島修道大学中退後、リクルート、カーディーラーの採用・教育担当を経て、企業内の体質改善・採用・教育コンサルタント会社として、1991年2月有限会社オフィスCAN(現 株式会社カンドウコーポレーション)を設立。その後思い切った業態転換により、クリエイティブファームとしてのポジションを確立する。