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告別式にて思ふ

友の告別式に行ってきました。
出張先からだったため着のみ着のまま。パンツこそ広島から送ってもらって赤パンから黒パンに穿きかえられましたけど、告別式には相応しくない格好でした。ま、出張先からそのまま駆け付けましたから、故人も笑って許してくれるでしょう。

友の告別式はそれはそれは盛大でした。友の生前を偲び、彼の功績を称え、彼との別れを心から悲しんでいる人たちばかりの葬儀でした。

彼のくったくのない笑顔の写真。
いつもあの笑顔で人の話をじっくりと聞き、そして目をまっすぐに見て自分の考えを言う男でした。簡単には妥協もしませんでしたが、かと言って言いくるめることを嫌い、とことん人と向き合う男だったとボクは思っています。

デジタルハイビジョン編集室×株式会社メディアプラン 矢野守 - [テクノアーク列伝] 

経営者として、映像クリエイターとして、そして仲間として、ボクは彼を尊敬していましたし、彼もボクのことを認めてくれていたと思いたいです。

葬儀委員長、葬儀副委員長が、最後に参列者に挨拶をされたのですが、このメッセージは沁みました。彼の病魔との格闘ぶり、周りの人たちの支えなどのリアルな癌との闘いがそこにはありました。

彼の葬儀の間、自分の葬儀をイメージしていました。葬儀の最中に横に座るジャークマン栄二に「オレの葬式には弔辞を頼むぜ」と言ったくらいですから。
ボクの葬儀はお坊さんのありがたいお経は要りません。まあ雰囲気を出すために「仏説阿弥陀経」くらいは読んでもらってもいいですが、出来るだけ多くの人に弔辞をお願いしたいと思いました。

そう、立候補制。
先着○○名とか決めてもいいかもしれませんが、言いたいことがある人は誰でもOK。悪口も少々はアリで、「こんな目に遭いました」でもアリ。(笑)
一体何時間続くんだ?みたいな感じで、延々と福原勘二について語る会。(爆)

淋しがり屋のボクにピッタリだと思いません?(^^ゞ

いい葬式っていう言い方は不謹慎かもしれませんが、矢野さんがプロデュースした映像や、色んなイベントで笑顔を振りまく矢野さんの写真がステージに流れ、参列者も矢野さん縁の人たちばかりで、いいお葬式だったと思います。だからこそ、自分の葬式をイメージしたんでしょうね。

「どうか、矢野 守のことを忘れないでください」・・・そう言った葬儀委員長の言葉が耳に残ります。
言われなくたって忘れませんよ。
そう簡単に忘れられる人じゃないです。

矢野さんのことを知ってる人に逢うたびに、矢野さんのことをいっぱい話したいです。
ボクの知らない矢野さんのことをいっぱい教えてください。

ありがとう矢野さん。
もう痛みのない世界で、安らかにお眠りください。
ボクは幽霊は怖いので、出る時はちゃんと「矢野ですが~」と名乗ってくださいね。
だったら大歓迎ですから。(^^)

合掌。。。

EDITOR

福原 勘二
  • 代表取締役会長兼CEO(最高経営責任者)
  • エグゼクティブ・ビジネスデザイナー
  • 兼ストラテジックパートナー

1961年生まれ。広島県広島市出身。広島修道大学中退後、リクルート、カーディーラーの採用・教育担当を経て、企業内の体質改善・採用・教育コンサルタント会社として、1991年2月有限会社オフィスCAN(現 株式会社カンドウコーポレーション)を設立。その後思い切った業態転換により、クリエイティブファームとしてのポジションを確立する。

福原 勘二のプロフィール
082-509-3322 10:00 - 19:00

まず、「誰が嬉しいのか?」を
一緒に考えることから始めます。

表面的な症状ではなく、その奥にある構造から一緒に考えます。
ウェブ・デザイン・言語化・伴走。手段はその後についてきます。

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