ずっと書きたかったこと
どちらからかもう忘れてしまったのですが、ある日大学時代の後輩とメールの遣り取りをしました。大学時代と言えば、ロック真っ只中で、大学の授業そっちのけでロックに青春の全てを傾けていた時代です。
何度も徒然にも登場した小田との出逢いも、大学時代に遡ります。
そして連絡を取り合った彼も、小田と大学は違えど同じ音楽に情熱を傾けていた者の一人です。
彼はフォークソング、ボクらはロックと音楽の方向性は違えど、同じように音楽にのめり込んでいました。
ちょっと自慢モードですが、ボクらがやっていたターニングポイントというバンドはその当時ファンクラブもあり、メンバーと色違いのお揃いのTシャツを揃えてライブで着てくれたり、ワンマンライブにはチケットを売りまくってくれたり、それは華やかな青春時代でもありました。
その彼はソロ。一人でチケットを売り、ファンクラブ通信と題して自分で原稿を書き、自分で配り、あたかも第三者がそのファンクラブ通信を書いていたかのように書いていて、心無いボクらはそれを笑っていた記憶があります。(^^;
ボクらは音楽で飯を食うという儚い夢を追い掛けていましたが、そうは言いつつ各々は自分の生活の地盤を固めて行っていました。夢を追うことをいつの間にか諦めたワケです。
それには自分たちの才能を自分たちで見切ったというのもありますし、「そんなに甘いもんじゃない」というのを痛感していたのもありました。ロックは飯を食うモノではなく趣味と割り切り、最高のアマチュアロックバンドでいようと決めたのもこの頃でした。
その彼はまだ夢を追い掛けていました。
果てしもない遠い夢、音楽で飯を食うをまだまだ現役で追い求めていました。
飯なんか食えてないハズです。アルバイトしながらでしょう。いわゆるフリーターには代わりありません。
でも彼はまぎれもないシンガーであり、今も尚唄い続ける現役ミュージシャンなのです。
メジャーデビューこそしていませんが、彼はプロミュージシャンだと思っています。
純粋に自分の可能性を信じ、誰もが諦めてきたミュージシャンへの道を彼はまだ追い求めているのです。
でもバカみたいですよね。
ガキじゃあるまいし、何甘いこと言ってんだよって感じですよね。
いい年して、いい加減夢から覚めろよって言いたいくらいです。
でも・・・心底羨ましかったです。
でも・・・カッコイイと思いました。
でも・・・自慢の友達だとも思いました。
宮西良治と言います。
ボクもいつかまたあのスポットライトを浴びながらギターを弾きたいっていうちっちゃくて、それでいてガキみたいな夢を持っていたりします。その時は小田の後ろで、小田が歌うバックでギターを弾きたいです。初めてここで書きますが、ずっとそう思っていました。(^^ゞ
50歳までに叶うか・・・。
でも生まれ変わったとしても、もう一度カンドウコーポレーションの社長をやりたいです。(^^ゞ
オマケの写真です。(^^ゞ

この細さ。(^^; ちなみに右端のギターがボクで、ヴォーカルが小田です。
EDITOR
- 代表取締役会長兼CEO(最高経営責任者)
- エグゼクティブ・ビジネスデザイナー
- 兼ストラテジックパートナー
1961年生まれ。広島県広島市出身。広島修道大学中退後、リクルート、カーディーラーの採用・教育担当を経て、企業内の体質改善・採用・教育コンサルタント会社として、1991年2月有限会社オフィスCAN(現 株式会社カンドウコーポレーション)を設立。その後思い切った業態転換により、クリエイティブファームとしてのポジションを確立する。