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兄弟

ボクには8つ離れた弟がいます。

ずっと兄弟が欲しかったんですけど、念願の弟で、幼少期は時には子分のように、時には家来のように(あッ一緒ですね/笑)扱っていました。でも年が離れてるせいか仲のいい兄弟でした。

父親の死後、特に兄としてというよりも、父親としての部分で弟と接してたと思います。何か事件があれば、真っ先に飛んで行き、弟を守るのが自分の使命だと思っていました。

11年前、会社を作る時にまだ大学生だった弟に手伝いをお願いしました。日給250円。(笑)

当時の弟の吸ってた煙草ラッキーストライク一箱分が彼の手取りでした。(笑)

今のカンドウの礎を作った最大の功労者です。

ただ一緒に会社を始めたがために淋しいこともありました。それは兄弟とはいえ、仕事の間柄ですから当然「社長」と呼びます。その当時はそう呼んで欲しい時期でもありましたしね。(^^;

でもそれは家でも仕事の話になると「社長」といい、いつしかそれまで「お兄ちゃん」って呼んでたのが「ねえねえ」に変わっていきました。

まあ年もあると思います。いい年して「お兄ちゃん」は言い難いでしょうしね。(笑)

でもとっても淋しかったのは今でも忘れません。

そして弟の結婚式、新郎挨拶の時に「兄として時には友達のように、そして父親として(中略)・・・の『お兄ちゃん』」と呼んでくれた時、結婚式の感動を通り越して「お兄ちゃん」と呼んでくれたことが嬉しくてたまりませんでした。

別の道を歩むことを決めた弟は、今はいっぱしの営業マンになってバリバリ仕事をしていますが、顔を合わせることは減りました。それでも便りのないのは元気な証拠と気にもしていませんでしたけど。兄弟なんてそんなもんですしね。(^^)

その弟が色んなことでピンチに陥ってます。

ここの徒然も普通だった読むワケないのに読んでくれたみたいです。そして先日の親父の命日の徒然を読んで思うことがあったみたいです。

そう、今日の徒然はそんな弟へのメッセージ、思いっ切り私信です。すみません。(^^;

まさじへ

父親亡き後、常にオレはお前の味方。世の中の全ての人間がお前を非難して敵に回ったとしても、オレだけはお前の味方。それじゃ心細いか?このオレが全身全霊でお前の味方をして、お前を守るとしても、それでも不安か?

この台詞、中学の時以来2回目じゃのっ。

それだけは忘れずにいてほしい。またここを読んでくれることを祈りつつ。

EDITOR

福原 勘二
  • 代表取締役会長兼CEO(最高経営責任者)
  • エグゼクティブ・ビジネスデザイナー
  • 兼ストラテジックパートナー

1961年生まれ。広島県広島市出身。広島修道大学中退後、リクルート、カーディーラーの採用・教育担当を経て、企業内の体質改善・採用・教育コンサルタント会社として、1991年2月有限会社オフィスCAN(現 株式会社カンドウコーポレーション)を設立。その後思い切った業態転換により、クリエイティブファームとしてのポジションを確立する。

福原 勘二のプロフィール
082-509-3322 10:00 - 19:00

まず、「誰が嬉しいのか?」を
一緒に考えることから始めます。

表面的な症状ではなく、その奥にある構造から一緒に考えます。
ウェブ・デザイン・言語化・伴走。手段はその後についてきます。

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