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初体験っ!

この歳になるまで実は未経験でした。
ちょっとドキドキしながら、その時を迎えたのですが・・・。

そう、生まれて初めて「お茶屋遊び」なるものを経験してきました。

恒例の人ビ協の定例会@京都だったのですが、お茶屋遊びがセット、しかも祇園祭の真っ最中ということで、今までにも増して参加人数は多かったように思います。(笑)

舞妓さんと芸妓さんの違いを初めて知りました。年齢で言うと20歳くらいまでを舞妓さん、舞妓さんの修行を経て芸妓さんとなられるみたいです。
中学卒業と同時に屋形と言われるプロダクションのようなところに入り、舞妓さんになるまでの仕込みと呼ばれる期間に、言葉や立ち振舞いなどの躾、舞などの芸事を習うそうです。他県から来たコは、まずは昔ながらの京都弁の「~どすえ」とかを使いこなせるようになるのが、難しいと言っていました。

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舞妓さんとモモとの2ショットです。「えっ?」って不思議そうな顔されましたけど。(^^ゞ

お酌をしたり、場を和ませる会話をしながら、いよいよ踊りが始まりました。
三味線の音、小唄、そして踊り、そのどれもが映画やテレビで観たワンシーンのようで、かなり感動しましたね。確かにキレイという言葉がピッタリの舞でした。

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艶やかな踊りでした。三味線の音も良かったです。

今回初めてづくしだったのですが、舞妓さんの髪は地毛で結いますが芸妓さんはかつらです。そしておしろいの塗り方も違ってたり、もちろん帯も違っていました。

今回、一つのサプライズが仕込まれていたのですが、なんか見たことがあるような芸妓さんだな~って思って見てると、人ビ協事務局の奈緒ちゃんが芸妓さんに大変身。
芸妓さんの年齢とはかなりかけ離れていましたけど、さすがの奈緒ちゃん。(^^)
本物のの芸妓さんと比べても全く遜色ありませんでしたね。

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本邦初公開の事務局(といっても、立派な経営者ですが)の奈緒ちゃんとモモです。

宴の後、祇園祭の喧騒を離れて、宿泊先の京都オークラホテルのバーで二次会をしたのですが、相変わらずうるさい連中です。バーマンから何度も「もう少し静かにしていただけますか」と注意されながら、大人飲みとはほど遠い飲みは延々と続きました。

もちろん夜の祇園に消えていった猛者もいましたけどね。(笑)

京都在住の社長が、京都人(男性)の羨望の的となるほどのお遊びだったらしく、祇園祭の日に芸者遊びが出来て、鱧を食べながら酒を飲むなんてことは、一生かかってもできないほどだと興奮気味で話していたのが印象的でしたね。

肝心の定例会ですが、今回も刺激がいっぱい詰まっていました。そして大きな気付きも貰って帰ってます。頭の中はなかなかそこから離れられません。ちょっと刺激が強すぎたか?

まだここで書けないのが残念ですが、ビッグニュースも飛び込んできて、「マジかよ~」の声があちこちで上がっていました。秋にはここでも報告できると思いますが、しっかし人ビ協ってやっぱり凄いヤツらの集まりでした。ただのわがまま経営者の会じゃなかったですね。(笑)

次の日は京都と言えばすき焼き(らしいです)が、「すき焼きと言えば三嶋亭!」というくらいの有名店でランチしたのですが、ランチというよりはただの宴会となったのは言うまでもありません。

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ここでもしっかりモモがアピールしてました。もうみんなも慣れたもので・・・。(笑)

久々の人ビ協参加でしたけど、人ビ協の良さは上場企業もボクらのような零細企業も全く関係なく意見を言い合える点です。しかも数字は公開し(インサイダーにならない程度に/笑)、そこに対しても厳しい指摘が入ります。次回は蓼科例会で、その次はいよいよボクが幹事です。今からもう気合が入ってるんですよね。(笑)

EDITOR

福原 勘二
  • 代表取締役会長兼CEO(最高経営責任者)
  • エグゼクティブ・ビジネスデザイナー
  • 兼ストラテジックパートナー

1961年生まれ。広島県広島市出身。広島修道大学中退後、リクルート、カーディーラーの採用・教育担当を経て、企業内の体質改善・採用・教育コンサルタント会社として、1991年2月有限会社オフィスCAN(現 株式会社カンドウコーポレーション)を設立。その後思い切った業態転換により、クリエイティブファームとしてのポジションを確立する。

福原 勘二のプロフィール
082-509-3322 10:00 - 19:00

まず、「誰が嬉しいのか?」を
一緒に考えることから始めます。

表面的な症状ではなく、その奥にある構造から一緒に考えます。
ウェブ・デザイン・言語化・伴走。手段はその後についてきます。

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