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貧乏時代

子供の頃、記憶にあるのはとても貧乏な生活でした。

その当時ってみんな貧乏だったんでしょうけど、中にはとても裕福な家もありましたし、ボクの家は貧乏を絵に描いた家だったと思います。

親父は病気がちでしたし、入退院も繰り返していましたからね。

その中で忘れられないシーンがあります。

ちゃぶ台での親父の食事のシーンなのですが、晩酌を多分ビール一本と決めてしてた親父は豚のステーキ?を食べてて、ボクは親父のビールの泡の部分を貰うのが楽しみでした。そしてその豚の脂部分を貰うワケですが、今考えたら「なんでちゃんと肉の部分をくれなかったんだろう?」って思ってしまいますが、親父だけ特別に肉が食べれてたワケです。

それくらいボクらは肉にはあり付けなかったんですね。

その脂でもボクにとってはご馳走でしたけど。(笑)

習いモノも色々としたかったし、友達が入ってたボーイスカウト(その当時の流行でした)や合唱団に入りたいって思っていましたけど、結局そういうのにも縁がなく、ただひたすら野球(ソフトボール)に精を出していました。

近所のお兄さんたちと野球をしたくてもグローブがないボクは、人のグローブを借りてしていました。それを見た親父が何も言わずボクをクルマに乗せてスポーツショップに連れて行ってくれて、小さなグローブを買ってくれました。嬉しかったですねえ。当分その安いグローブを使っていましたけど、近所でもかなりの野球少年になったボクを見て、もうちょっといいグローブを買ってくれたんですよね。

その反動でしょうか、ちょっと前に書きましたけど、弟のグローブを選ぶ際、一番いいグローブを買ってやったんだと思います。

食べるモノに対して特別なこだわりを持って、旨いモノにはいくらお金が掛かっても食べたいって思うのは、きっと少年時代の反動だと思います。食べることにはお金を惜しみませんし、子供たちに食べさせるのもボクが普通に食べるモノを食べさせます。

ついつい口が肥えてしまってる子供たちを見て「しまった」と思うこともありますけど、やはり「美味しいモノはこういう味なんだ」っていうのを教えてやりたいと思っています。

スタッフにも本物を食べさせてやりたいと思っていますし、食べさせて来てますしね。

でも貧乏で良かったと思ってますよ。

色んな小さな夢を叶えて来て、それが楽しみですしね。

お金じゃ買えないモノが沢山あるのを知りましたし、今の息子たちにそれを教えられてるかどうかは疑問ですが、いつかきっと伝えて行きたいと思っています。

何故か急に子供の頃を思い出してしまいました。(笑)

EDITOR

福原 勘二
  • 代表取締役会長兼CEO(最高経営責任者)
  • エグゼクティブ・ビジネスデザイナー
  • 兼ストラテジックパートナー

1961年生まれ。広島県広島市出身。広島修道大学中退後、リクルート、カーディーラーの採用・教育担当を経て、企業内の体質改善・採用・教育コンサルタント会社として、1991年2月有限会社オフィスCAN(現 株式会社カンドウコーポレーション)を設立。その後思い切った業態転換により、クリエイティブファームとしてのポジションを確立する。

福原 勘二のプロフィール
082-509-3322

まず、「誰が嬉しいのか?」を
一緒に考えることから始めます。

表面的な症状ではなく、その奥にある構造から一緒に考えます。
ウェブ・デザイン・言語化・伴走。手段はその後についてきます。

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