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想いの叶え方

昨日からボクの心の友が、ご夫婦で埼玉から広島に来てくれています。

彼らとの時間は、自分の心との会話のファシリテーターになってくれます。

忌憚のない会話、当然「ここだけの話」という本音をぶつけ合い、そんな中で自分の内なる答えを導けました。凄い勉強家で、読書家でもある彼ら。

本をあまり読まないボクですが、誰かがこう言っていたとか、こんなこと本に書いてあったという話ではなく、体感や経験を通じて身に付けた「生きた言葉」が連なります。(^^)

「想いの叶え方」「夢の実現の方法」についても、本で読んだではなく、自分がぶち当たってこそ、自分なりの方法論があると思っています。

「想いを強く持ちましょう」

「紙に書いて色んなところに張りましょう」

「多くの人に自分の想いや夢を語りましょう」

「自分の潜在意識の中にそれらを埋め込むのです」

・・・全て大切なことです。

ボクもそれはやっています。

ただそれだけじゃ誰かにチャンスを貰うことはできても、自分のポテンシャルでそれを掴み取るのとはワケが違います。

彼らの娘さんの話を伺って、「そここそ全てだよね」という話で盛り上がりました。

小学生の時、成績はパッとしないお嬢さんだったみたいです。性格はお二人の子どもさんだから言うまでもないのでしょうけど、「受験」という目の前のハードルに対して、今一つ盛り上がってなかったのでしょう。

どこを志望していいのか分からず、ただ「中学受験」というお題だけの彼女の転機。

それは色んな中学校の文化祭巡りだったそうです。

そこでとある中学の文化祭で、コーラス部の演奏を聴いた時、彼女に衝撃が走りました。そしてこう思ったそうです。

「私もあそこで歌いたい」・・・と。

そこからの彼女は自分の中で決意を持って、日々の受験勉強に取り組みます。

「あのコーラス部で歌っている自分」を強くイメージし、そこの制服を着て通っている自分をイメージ。

それまでの彼女の成績は偏差値50前後。志望校は60を上回る難易度。しかも受験教科が5つに増え、苦手な算数は正に泣きながら取り組みました。誰に言われるでもなく、自らが進んでです。

受験前には、70近い偏差値を誇る都内の御三家(桜蔭と・・・後は忘れました)も合格圏内になるほど、成績はうなぎ登りに上がっていきました。

彼女は先生の「どこでも入れるよ」の声なんて耳に入りません。

あの時思ったこと、あの時イメージしたこと、「あのコーラス部で歌いたい」という純粋な想いを叶えることしか考えてなかったのです。

ご夫婦で広島に来ている理由。

それはその自慢の娘さんのコーラス部の全国大会でした。

そのコーラス部が、あの時「あそこで歌いたい」と思った中学校であることは言うまでもありません。(^^)

そう、「想いを叶える」ためには、もう一つ大切なことを忘れてはいけません。これが全てと言ってもいいかもしれませんね。

その想いや夢に向かって、今できることから始めることです。

それは死に物狂いかもしれません。我武者羅かもしれません。

そこに向かって、まず一歩を踏み出し、行動することなしに実現なんかしっこありません。

声高々に叫ぶだけではなく、泥臭い言い方ですが、まず始めること、努力することなしに、勝利の美酒を味わうことはできないと思っています。

今は死語のようになっている「努力」という言葉、この言葉に今一度向き合ってみたいと思います。

彼女が「あそこで歌いたい」という想いから、すべてを「始めた」ように・・・。

「始まった」ではなく、「始めた」んですよね。(^^)

EDITOR

福原 勘二
  • 代表取締役会長兼CEO(最高経営責任者)
  • エグゼクティブ・ビジネスデザイナー
  • 兼ストラテジックパートナー

1961年生まれ。広島県広島市出身。広島修道大学中退後、リクルート、カーディーラーの採用・教育担当を経て、企業内の体質改善・採用・教育コンサルタント会社として、1991年2月有限会社オフィスCAN(現 株式会社カンドウコーポレーション)を設立。その後思い切った業態転換により、クリエイティブファームとしてのポジションを確立する。

福原 勘二のプロフィール
082-509-3322

まず、「誰が嬉しいのか?」を
一緒に考えることから始めます。

表面的な症状ではなく、その奥にある構造から一緒に考えます。
ウェブ・デザイン・言語化・伴走。手段はその後についてきます。

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