しかし、「おいしさ」を一般論からではなく側面から捉えた例があります。焼肉ふるさとさんの育てる「榊山牛」は、脂が少なく赤身が多い古来血統です。赤身の体積が多いこともあり、香りの強い肉質が特徴です。おいしさの評価軸が「とろけ具合」から「香りの強さ」に代わるわけです。市場評価軸との乖離の問題もありますが、独自性を獲得し、榊山牛のファンが今増えてきています。
"あたりまえ"に隠れる新規性
「ありがとうの反対はあたりまえ」。うちの子が保育園に通っていた時に教わって帰ってきた印象的な言葉です。存在してあたりまえだと思っていたものも、なくなるとその価値に気づくことがありますよね。今回は空気のように価値の認識が薄れたものを掘り下げて発見する新視点について考えていこうと思います。
例えば、おいしい和牛のお肉があります。おいしさの基準にも色々ありますが、日本の一般論として、市場では脂の具合によってC1~A5ランクに分けて評価するそうです。おいしさを脂で評価するならば、その先には「柔らかさ」「とろける感じ」などの答えにたどり着くことになります。
おいしさの新しい視点
新しい評価基準の可能性
榊山牛の例では、側面から「あたりまえ」を捉えたことで、新しい道が生まれているなと感じます。脂の多さや柔らかさに依存しない新しいおいしさの基準を打ち立てることで、多様な消費者のニーズに応える可能性が広がります。これにより、和牛の評価基準はさらに豊かになり、個々の好みに応じた選択肢が増えることでしょう。おいしさが脂である評価軸の場合、背後には胃モタレがついて回ることになりますが、おいしさが赤身と香りである評価軸の場合、胃モタレも減りそうですよね。
基準が変われば意味も変わる
また、家業で仏壇の漆職人をされているTAKAYAMA NAOYAさんも、視点が変わった良い例だと思っています。漆で仕上がった仏壇は「触られることがないピカピカに磨き上げた黒い鏡」のような商品ですよね。ずっと仏壇に携わってきた高山さんが、漆を扱う技術で新たに始められたのが「漆器」の分野です。
仏壇と漆器での作り手の大きな違いを伺うと、それは「触れるかどうか」とのことでした。磨き上げたピカピカの表面の綺麗さを意識してきた職人が、漆の新たな意味「口当たり」「温度」「触り心地」と捉えるようになったとのことです。
製造工程が同じまま
そしてもう一つ、仏壇業界での興味深い例があります。細かい木製品加工が得意な栄光工芸さんは、仏壇の欄間加工において特に優れた技術を持つ会社です。仏壇の欄間は、伝統的な日本の工芸技術が詰まった美しい装飾品であり、その制作には高度な技術と精密な作業が要求されます。
栄光工芸さんは、仏壇の欄間加工に長年の経験とノウハウを持っていましたが、その技術を別の分野で活かすことに成功しました。伝統工芸のマッチングで出会い始まったのが「ヤマヅミ」という欄間構造のツミキの開発です。このツミキは、欄間用の工場にある木材、工具、そして熟練の職人たちの技術をそのまま利用して作られています。
ツミキの開発においては、仏壇の欄間と同じ製造工程を適用していますが、用途が全く異なるため、新しい価値が生まれました。仏壇の欄間は主に視覚的な美しさを提供するものであるのに対し、ツミキは遊びや教育の道具としての役割を果たします。そのため、製造工程や技術は同じでも、製品が持つ意味や価値は大きく異なります。
また、ツミキは子供たちの創造力や知育を促すおもちゃとして設計されているため、使用される木材の選定や加工の精度も非常に重要です。栄光工芸さんは、仏壇の欄間で培った技術と品質管理をそのままツミキの製造に応用することで、高品質で安全な製品を提供しています。これにより、伝統的な技術が現代のニーズに応じた新しい形で蘇り、多くの家庭や教育現場で支持を受けるようになりました。
このように、製造工程や技術をそのままに、新しい価値を見出すことができるのです。伝統的な技術を持つ職人たちが、新しい市場や用途に対応することで、その技術を次世代に引き継ぐだけでなく、新しいビジネスチャンスを創出することも可能です。これが、あたりまえを側面から捉えることで生まれる革新の一例と言えるでしょう。
EDITOR
- CCO(最高クリエイティブ責任者)
- デザイナー兼プランナー
パラレル視点で、新しい概念をデザイン。
1979年生まれ。鳥取県鳥取市出身。プランナーと制作と、たまに実装のお仕事をしています。また、社内トピックスの広報を担当、アカウントの中の人。